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2010年01月12日

今どきの同人誌は四次創作かもしれないでござるの巻


どーもですっ!いや~最近とってもヤバイです。

何がヤバイって驚くほどペンが進まないんです。

やる気を搾り出しても何も出てこないっていうか。

そこで僕は「あぁ、今はインプットすべき時期なのかな。」

と思い、色々漫画を読みふけり、アニメを観まくり、ネットや新聞の記事を漁っていたわけです。

そしたら脚本家の倉本聰さんが現代の日本について語っていた記事があったので

なんとなく読んでいたら「あぁ・・・・おっしゃる通りです。」と感嘆しました。

【話の肖像画】臨界の日本(下)脚本家・倉本聰 (1/2ページ) - MSN産経ニュース

※以下抜粋

「今どきの若者はみんな優しいんだけど、本当の優しさじゃない。“優しさごっこ”です。」

「環境税やガソリン税を設けるのはいいけれど、問題は税の取り方じゃなくて、使い方なんです。こうした税は、CO2を吸収してくれる森林に落とさないといけないのに、さらにCO2出す「道路の特定財源にしよう」という発想が理解できない。」

「 世界の石油があとどれぐらい残っているのか知っていますか? 「あと40年」と言われるけど、富士山に換算すればもはや1つ分もない。それを、政治家もメディアもよく知らないでしょう。だから危機感がない。」

「例えば3、4歳の幼児を森の中ではだしで遊ばせる。そこでは虫を捕まえて食べちゃってもいい。親には口出しを一切させません。今の子供たちは1次情報を知らない。人から聞いた情報ばかりではどうしようもないのです。」

「「今夜、寝るところを作ってください」と言うと、子供は必死になってフキの葉や木の枝を集めてシェルターを作るんだけど、母親はのんきにリースなんかで遊んでいる。大人は常識に縛られているから、寝る場所も食べる物も用意されている、という発想なんですね。雨が降ったら「テントに入れてもらえる」と勘違いをしているんです。でも絶対に入れてやらない(笑い)。」


この話の中で「一次情報」って言葉がありますが、要は今の子供達の周りには

この「一次情報」が少なすぎるんじゃないかってことですね。

自分の目で直接見て、手で触れて、裸足で踏みしめて、教えられず自分で模索して、発見する。

これらは子供であれば本来自然にできることのはずなのに

「親のしつけ」「TVの情報」「ネットの情報」などの二次三次情報を鵜呑みにしてしまう。

それを当然だと疑いもせず育ち、自分の五感でインプットが出来ない。だからアウトプットも出来ない。

これも聞いた話ですが「今どきはブロックで遊べない子供が多い。」らしいです。

初めから完成しているモノでしか遊べない。方法を示さなければ行動できない。

これはとても悲しいことですが、これと同じ現象が同人の世界でも起こっているのかもしれないと思ったりします。

当然僕も含めて、同人は今や二次創作が基本となっていますが

その元となるオリジナルですらも何かのオマージュやリスペクトが込められていたりします。

そこに込められた意味とは関係なく、その表層部分を拝借して二次創作が行われる。

そうした表層部分の集合体で、同人界で「一大ジャンル」などが形成されます。

つまり、この「一大ジャンル」に乗っかるということは

「何かにリスペクトして作られたオリジナル」→「その表層を象った二次創作」→「キャッチーな表層に感化されて一大ジャンルに」

→「その一大ジャンルに乗っかって、その表層をさらに模倣する」

という四次創作になってしまうのではないかと思うのです。

もちろん、原作に対するリスペクトは皆一様にあると思います。それは当然です。

ですが、東方プロジェクトの主催であるZUNさんが、インタビューの際に

Q:二次創作は全面的にOKなのはどうしてですか?という問にこう答えてます。

ZUN氏「東方の世界観やキャラクターも何らかにリスペクトをした二次創作なので、僕がどうこう言うことはありません」(意訳)

と。こんな素晴らしいオリジナルを作ったご本人にこんなことを言われてしまうと

果たして東方の同人誌は何次創作になってしまうのだろうか・・・・と思います。

そうやってみんなで世界観を構築する楽しさもあるのは事実で、だからこそ僕も好きなのですが

自分の作っている同人誌が二次創作であると言うことにおこがましさを感じるのもまた事実です。

どうせ二次創作と言うならば、しっかりとしたオリジナルを作ってから「それでもこれは二次創作」って言いたいですねw

なんかすごく格好いいなと思います。


前述の「一次情報」とはフィルターを通さず自分が最初に触れる情報です。

この「一次情報」は決して人間が作ることはできません。

人の姿を絵に描けば、それは「人の姿という一次情報」からの産物なのです。

どこまで行っても人は二次情報しか作り出せないのですから

せめて僕はいつか「本当の二次創作」をしてみたいなと思ったりします。

コメントはそのうちまとめて返信させてもらいます。ではではノシ

投稿者 toworu : 2010年01月12日 09:22

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コメント

≫驚くほど、ペンが進まない…
→全身のコリが原因でしょうから、湯船、この時期の温泉なんかいかがでしょうか?


○次創作とかそんなこといってたらキリが無いじゃないですかw
ヒトだってすでに5次創作作品だしw
あと、色々な創作に使われる、言語も…例えば日本語は、
表記…
平仮名片仮名←漢字←絵〈象形文字〉←一次情報
発音は…
50音化←時代による洗練化←文字への充てレコ←咽喉の発達による複雑化←先祖代々の鳴き声や他の動物の鳴き声の真似(一次情報)

PS.…人は一次情報を得るために多くの人員と多額の資金を用意する。まあ、当たり前の話だがw
あと、おこがましいのですが、人も一次情報は創れます。自然界が真似出来ないものを人は"化学"という分野で確立してきた歴史があります。しかし、水素が宇宙氏の1次創作だ、といわれればその話は詰みますがw

投稿者 Youki : 2010年01月12日 12:39

倉本さんのお話おもしろいですね。他所から得た知識なんかよりも様々な経験を積むほうがよっぽど重要だということを最近の人は忘れがちですよね。

そういえば昔のことですが漫画家のいがらしみきおさんが「物語は死んだ」といった旨の発言をしていたのを思い出しました。
あらゆる物語はもはや語りつくされてしまっていて、現在、そして今後生み出される物語はすべて何らかの影響を受けて創作(?)されている。
つまり「まったく新しい物語」はもう生まれる余地がないっていうことですね。

とはいえ、「無」から「有」が生まれることがないのは創作にも同じことがいえるので、どんな創作もなんらかの影響下にあることは避けられないのかもしれませんね。だからそんなに何次創作がどうのこうのとかは気にしなくて良い気もします。

駄文載せましたがつまり何が言いたいかというと「つらい時期もあると思いますが、これからも頑張ってください。応援しています」という事です。

投稿者 奈々氏 : 2010年01月12日 14:56

どうやら本当に筆が進んでいないようですね。こういう細かいこと考えてるときというのは大概スランプになってるときですからね。


そういう時は普段とすこし違うジャンルのものに手を出すといいですよ。新たな自分に目覚めます。

……もし目覚めてもロリだけは描き続けるんだぞ…!いいな…ッ!?

投稿者 : 2010年01月12日 15:17

そこまで言い切っちゃうからにはオリジナル物の非エロ本を習作してみてはどうでしょうか?
そう言いながらもこれまでと同じじゃ意味のない内容になってしまいませんか~?

投稿者 CORM : 2010年01月12日 18:10

『かぐや姫』の『竹取物語』も中国の『嫦娥』の逸話がもとになってるんですね…

まあ日本にはまだパクリにも"美"や"配慮"という観念があるからいいものの…(ry

↑奈々氏氏のコメを読んでたら、なぜか久米田先生の作品が頭をよぎったでござるw

投稿者 Youki : 2010年01月12日 23:12

いつも楽しく拝見させてもらってるトヲルさんのファンです。
トヲルさんのロリは大好物ですw


倉元さんの言葉、沁みますね。
僕も一応、アマチュア音楽家のはしくれなので良く思うのですが、結局「コピー」はどこ行っても付きまとうなと。そう思います。
昔、恩師に

「芸術は模倣だ。」

なんて言われて、当時高校生の僕にとってはショックでしたねw
やっぱりアドリブでソロなんかとるとき、「自分らしい」ソロなんてものをおこがましくも目指して演奏するのですが、結局昔聞いた何かの「コピー」なんですよね。

だから、結局僕は未だに三次・四次制作から抜け出せません(汗)

僕もいつかは「本当の二次創作」なんてものが出来たらいいなと思います。

投稿者 えむしも : 2010年01月12日 23:26

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